FGO 清姫の二次創作小説  2話

 「記憶喪失、か」
 ダ・ヴィンチちゃんが珍しく、わたくしたちの前で考え込む姿を見せた。普段、彼女?は人前で露骨に考え込む姿を見せないのだが、今回はそのような振る舞いをする余裕はないということなのでしょうか。
 カルデアの職員たちも驚きのあまり、考える人と化した彼女の姿を自分の仕事も忘れ、遠目から眺めていた。

 「清姫がマスターのことを忘れてしまったこととの関連性は不明だが、先ほど行った精密検査の結果が出た。どうやら、清姫の狂化:EXがEへとランクダウンしているようだ」

 「ランクダウンの影響で、現在彼女の戦闘能力は格段に低下している。以前のような活躍は難しい状態だ」

 「そんな……。ダ・ヴィンチちゃん、清姫を元に戻す方法はないのか!?」

 先ほどわたくしのことを尋ねに来た男性が神妙な面持ちでダ・ヴィンチちゃんに解決方法がないか問い詰めた。

 「原因不明である以上、対処法も分からないねぇ」

 両手でお手上げのポーズをとるダ・ヴィンチちゃん。

 「ここからは、完全に私の推測になるのだが」

 「清姫に外的な変化が見られないとなると、彼女の中の深層心理が自身のバーサーカーとしての素質を否定をしていると考えられる」

 「素質の否定って……?」

 「まあ簡単に言えば、今の私は本当の私じゃないと思っているってことかな」

 本当の、わたくし……ですか。

 ダ・ヴィンチちゃんの話によると、わたくしはこちらにいる藤丸立香というマスターの方のことを忘れてしまっているようなのです。いくら顔を眺めても初対面の男性としか思えない。

 整った顔立ち、ウニのような黒髪も、海のように蒼い眼もわたくしは見覚えのなかったのです。わたくしは、思い出すためによりマスターの近くに歩み寄りました。眼、口、鼻、耳、手,足と。わたくしは自身の眼で焼き焦がすぐらいジッと彼のことを見つめ続けました。
 「き、清姫……顔が近い、近いよ」

 わたくしは、彼がわたしからの視線に困惑していることに気づきました。
 「!! 申し訳ございません」
 慌てて、わたくしは彼から一歩離れると。彼の顔は、林檎の皮ように赤く、輝いていました。
 「しかしなぁ、”あの”清姫くんがねぇ――。マシュはどう思う?」
 「一番起こりえないだろうという事象だと思います……。まさか、”あの”清姫さんが先輩のことを忘れるなんて」
 ダ・ヴィンチちゃんとマシュさんが思い耽った表情で、わたくしのことを眺めているようでした。いったい、記憶を失う前のわたくしは、どのような人物だったのか。不安が高まる視線にわたくしは、自らわたくしは話題に踏み込むことに致しました。
 「こほん。えっと、以前のわたくしはマスターに対してどのような振る舞いをしていたのでしょうか……。例えば、そうですね。どのようなお名前で呼んでいたのですか?気になりますわ」

 わたくしの質問に顔を見合わせるダ・ヴィンチちゃんとマシュさん。言葉が喉に突っかかったような答えにくそうな表情を浮かばせました。
 「えっ、俺への呼び名?普段はいつもマスターと、それと……」
 二人の表情を尻目にマスターはすんなりと答えようとしたその時、どこぞの天才の眼が光り、訪問販売で高級布団を売りに来た営業マンのような含みのある笑顔で話し始めました。
 「違うよ、マスター!!その呼び方じゃない。いつも清姫と二人っきりの時だけに言ってもらっている呼び名のことだ」

 「え?そんな呼び名ないけど??」

 「ええ?この前、こっそりと教えてくれたじゃないか。『俺は、清姫に”立香くん”っと呼ばれている』って!!」
 「はいィ!そんな呼び方、俺一度もされたことないよ!?ねつ造だ!!」
 二人っきりの時だけの呼び名……。なるほど、だからお二人は少し言いにくそうな表情をしていたのですね。
 「さあさあ、清姫くん。普段使っている愛称でマスターのことを呼んで君の記憶を呼び起こすのだ!」
 「しかし、マスターは何故か恥ずかしがっている様子ですが?」

 「それは……。私やマシュが近くにいるから恥ずかしがっているだけだ。我々に気にせず呼んであげてくれたまえ」

 「はい、分かりました」

 「ダ・ヴィンチちゃんの嘘だって!清姫!」

 と、はいうものの、二人っきりの時だけしか使わない呼び名を呼ぶとなると妙に緊張してきてしまいますね……。しかし、これもわたくしの記憶の修復のために必要なこと。恥ずかしがらずに言わないと。

 「今回も人理修復の旅、お疲れさまでした」

 「その……。り、立香……くん?」
 いつもの口調が分からないし、最後の語尾が跳ね上がり、変に緊張して恥ずかしく炎が沸き上がるように顔が熱い。
 「あの……。立香くん、いつものわたくしはこのような感じだったでしょうか?」
 反応を伺うが、何故だかマスターとダ・ヴィンチちゃんは微動だにしていなかった。どこかわたくしに落ち度があったのでしょうか?
 「どうだい?マスター。いや、”立香くん”?」

 「うん。これはこれで良いと、思います。はい、凄くいいです。」

 その言葉の後、謎の雄たけびと奇声をあげながらダヴィンチ工房から足早に出ていくマスター。

 「あら。少し、茶化しすぎてしまったかな?」

 言葉の内容とは対照的に満面の笑顔で語るダ・ヴィンチちゃん。
  「まっ、あれはほっといてだな清姫。先ほど伝えた通り、君の記憶喪失については原因不明の状態だ。我々も調査は続けるが、君も心当たりなどがあれば記憶回復のために、以前に行っていた日常行動をして記憶の回復に努めてほしい」

 「わ、分かりました。何か思いつく限り、わたくしも試みていくつもりです」

 「それでは、わたくしも一度私室に戻ることにしますわ」

 「ああ、何か分かったらその都度、私から医療班へ連絡させるようにするよ」

 わたくしは私室に戻ることを伝えると、ダ・ヴィンチちゃん工房を後にしました。

 

 

 

 「ダ・ヴィンチちゃん、いいんですか?清姫さんのマスターへの言動を隠すようなことをして?」

 「しかしだね、マシュ。今の清姫に”普段”の清姫のことを伝えることがどうも、辛くてね。素直で礼儀正しくていい子過ぎるだろ、あの娘」

 「言いたいことは、分かります。今の清姫さんは歳相応の可愛らしいお方で、伝えづらいことではあります。しかし、事実を伝えないと後々トラブルの種になりかねませんよ?」

 「私も、天才らしからぬ弱い部分を見せてしまったと思っているよ。あと、マシュは気づいたかい?」

 「何をですか?」

 「あの清姫、『嘘』という言葉に反応しなかった」