FGO 清姫の二次創作小説 4話
「ナイチンゲールさん、いらっしゃいますか?」
情報管理室を覗き込むと、いつもの赤い将校服を着た彼女がカルデアの端末で入力作業をしていた。
「何でしょうか?治療ですか?」
「いえ、少々お聞きしたいことがありまして」
「でしたら、優先順位は低いため少々お持ちください。この過去のサーヴァント負傷内容と負傷理由の統計を算出し終えた後に対応します」
彼女は、カルデアの戦闘サーヴァント兼医療サポート職員のリーダーを務めている。職員の中には、幼いころから彼女に憧れて医療の道へ進んだ者も少なくなかったため、全体の職員の士気は良好です。以前に比べてよい医療環境を作り上げたという話を聞いています。
「相変わらず、戦闘も内務もこなせる凄い方ですね」
わたくしは、待合の椅子に座ってお茶を飲みながら、彼女が淡々と手早く作業する光景を何をするのでもなく、唯々眺めていました。
「完了しました。それで、聞きたいこととは何ですか?」
彼女は事務作業を終えると、わたくしの前の椅子に腰を下ろした。
「お聞きしたいというのは、わたくしの病気についてです」
「貴女の、病気ですか?今、調べてみます」
サーヴァントの管理データに手を伸ばす彼女。キーボードを叩く音だけが響き渡る。
「今までの病歴や現在治療中の病気は確認できませんね」
「そうなんですか?でも、ジャンヌ・オルタさんはわたくしは病気だといっておりました。データを確認すればそれが分かると」
わたくしは、ジャンヌ・オルタさんが言っていたことを思い出して、それを伝えた。
「なるほど。では、貴女の活動記録映像を取り出してみましょう」
彼女は、再び端末を操作して映像データを再生し始めた。そこには、わたくしが想像していたものとは別の光景が広がっていました。
『ますたぁ――! お待ちになって下さいまし!!』
わたくしが、周りのことはお構いなしでマスターを無我夢中で追いかけている様子でした。安珍、安珍と。別の人物の名を連呼しながら追いかける姿は、醜悪に満ちたものに感じました。
『何処へ行かれますの?わたくしの、ますたぁ??』
ストーカー。趣味嗜好を事細かく聞くしつこさ。思い込みの激しい言動。嘘をとことん拒絶する。見ているだけで……。自分の姿をしているが途轍もない圧迫感を感じました。
「これが、わたくしですか……?」
「はい。普段の正常な貴女です」
正常?彼女ははっきりとした物言いで答えた。
「これの振る舞いや言動が、正常だというのですか!?」
わたくしは思わず立ち上がり、彼女の言葉を訂正させようと彼女に詰め寄ったが、彼女の表情や態度は変わらなかった。
「清姫、映像に映っている人物はまぎれもなく、普段の貴女です」
「そんな……。このような病的な行動を行っているのが普段のわたくしだというの?ジャンヌ・オルタさんが言うとおり、こんなの『病気』でしかありませんわ……」
「いいえ。貴女は『病気』ではありません」
冷淡な眼差しできっぱりと否定するナイチンゲールさん。
「虚言をおっしゃらないで。これは、誰がどうみても『病気』ですわ!!」
わたくしは、声を荒げて反論をした。そして、認めたくないあまり唇を強く噛みしめた。
「病気と言うものは、本人が不調や不具合を感じた時に病気として認められるものです。しかし、この映像を見る限りでは、貴女から『自分が不調だ、苦しい』という反応を感じることができません」
「映像に映る貴方はどんな外的、内的要因に邪魔をされずに、すべて自分の意志と自己の目的のためにで行動しています。それは、人類の多くが成しえない姿です。そのような人物を”病人”と呼ぶのは不適切だと、私は考えます」
「……それは、わたくしをからかっておっしゃっているのですか?この、醜く映るこのわたくしを」
「いいえ。私は、今まで口にする言葉に一切の嘘偽りがないことを誓えます」
そうでした、忘れていました。方向性は違えど、彼女もわたくしと同じ『狂化』持ちのサーヴァント。一種の”病人”でしたわ。
「貴女の今までのバーサーカーとしての素質は、マスターのことを安珍氏の生まれ変わりだという考えと行動から生まれています。貴女が持っていた生前の安珍氏との記憶を思い出すことができれば、再び以前の力を持ったバーサーカーとして、これからもマスターと共に戦えるでしょう」
「!? 困ります!それですと、またマスターを困らせるわたくしに戻ってきてしまいます……!」
「何故、困るのですか?」
「えっ?」
彼女の問いに、わたくしは不意を突かれ反応することができませんでした。
「貴女は、狂化の能力が下がった今の状態が『異常』なのです。カルデアのサーヴァントの一員としてこれからも戦闘に参加するのであれば、その異常を直すことは道理だと思います」
異常。わたくしは、その言葉に身震いを覚えました。あの姿が、本来のわたくしで本来の力も前のわたくしが持っていることに。
しかし、前の自分を見て思うことは、変わりませんでした。
「でも、わたくしは……。マスターの迷惑になるようなことを、もうしたくないのです」
わたくしは、今思っている素直な感情を伝えた。普段のわたくしは、言いたくはないが、不健全だと思うから。
「マスターへの迷惑とはなんですか?日頃の付きまといやストーキングですか?それとも、カルデアの戦力を減らすことですか?」
「そ、それは」
わたくしは言葉に詰まりました。マスターのことを本当に考えるなら、日頃マスターの迷惑になろうとも、嫌われようとも、以前のバーサーカーの力を持ってこれからも引き続き人理修復することがマスターのためになるのでは、と。
「すみません。意地悪な質問をしてしまいましたね。ここでひとつ、私に考えがあります」
「考え?」
「はい。記憶というものは行動に付随するものです。記憶を無くした当時の行動を再現すれば、当時の記憶が蘇ったという事例は幾つも報告されています」
「なるほど。当時のわたくしの真似をすればいいんですね。ところで、当時の気を失う直前のわたくしは何をしていたのでしょうか?」
ここで少し、ナイチンゲールさんの口の動きが止まったように感じましたが、それえはわたくしの思い過ごしだったようで、彼女は話を続けました。
「調べますと、当時の貴女はマスターと共に特異点に向かい、モンスター討伐パーティーに参加していたようです」
「もしや、モンスターに攻撃された際に記憶を失ったとか?そうなると、痛みが伴うことになりますね……」
「いえ、そうではないようです」
「へ?」
「時間は夜間。他のサーヴァントも安息を取っている時間。貴女はキャンプ地でマスターの寝床へ侵入しようとした直前に意識を失った、とデータに残っています」
「…………はい??」
ナイチンゲールさんは座椅子をくるりと回転させてわたくしの方を向いた。
「清姫、記憶回復のためにマスターに夜這いをかけるのです」
FGO 清姫の二次創作小説 3話
「立香くん、か」
わたくしは昔無くしてしまった宝物を見つけたかのような晴れた気持ちで私室への道のりを歩いていきました。すると、前方から誰かがやってきました。。
その人物はジャンヌ・オルタさんでした。いつも不機嫌そうな表情を浮かべている彼女は、カルデアに召喚された英霊でトップクラスの戦闘力を持ち、数々の難敵をいくつも屠ってきた。実際に特異点へ同行したときに横で見ていて、彼女の戦いぶりは見習わなければと感じました。
しかし、彼女を見ていると、ひとつだけ、彼女との会話のやり取りの記憶を忘れているように感じた。あの、夢の中で感じたモヤモヤ感に似たようなものを。
「こんにちわ。ジャンヌ・オルタさん」
「へえ。アンタが一人おとなしく行動しているなんて珍しいわね。マスターはどうしたの?」
「へ? マスターでしたら先ほど別れてきたばかりですが??」
「は?頭でも打ったの??いつもマスターがカルデアにいる時は常に追いかけ……。って、アンタ、なんか霊基が変わってない?いつもより血の気が少ないというか」
「はい。お恥ずかしながら、どうやらわたしく一部記憶を喪失してしまったようで。それで先ほど、マスターに普段のわたくしのことについてお聞きしていたところです」
ジャンヌ・オルタさんはわたくしの言葉を聞くと、少し笑みを浮かべたように話を続けた。
「ふ~ん、それは大変ね。それで?マスターはアンタのことについて、何を話したの?」
「わたくしも信じられないのですが……。二人っきりの時はわたくし、マスターのことを下の名の『立香』と呼んでいるそうでして。そのことを先ほどマスターから教えていただいたのですが、それはそれは聞いてるだけで恥ずかしくなってきまして……えへへ」
わたくしは恥ずかしさから指で頬を掻き、照れ笑いをしながら答えました。
「…………」
「なるほど――。アンタ達、わたしより付き合いが長いからってそんな仲になっていたのね。聞いているこっちが恥ずかしいわよ」
ここで彼女の表情は、山の天気のようにがらりと変わったように感じました。どこかを見透かしたかのような視線が突き刺さる。
「……でもね、その内容だとマスターはアンタに一つ隠し事をしているようね。だって、あの『病気』のことについて話してないもの」
「病気、ですか?」
病気。わたくしは何処かを悪くしているのでしょうか。個人で自覚できるような身体の不調は感じませんが。
「おそらくマスターは、アンタのことを思って敢えて伝えてなかったと思うから、責めちゃ駄目よ?」
「はい……。それで、わたくしはどのような病気を持っているのでしょうか??」
「それは……。いや、私の言葉から知るよりも自分の目で記録データを確認した方がいいと思うわ。今、ナイチンゲールが情報管理室で各サーヴァントの記録整理をしているから、行って見せてもらうといいわ」
「自分の目でですか?……分かりました。情報管理室ですね、わたくしちょっと行ってきますわ」
「はい。ゆっくり堪能してきてらっしゃい」
わたくしはナイチンゲールさんが居るという情報管理室へ向かうことにしました。
「私より絆値が高いからって偉そうに」
「……私、いやな女ね」
FGO 清姫の二次創作小説 2話
「記憶喪失、か」
ダ・ヴィンチちゃんが珍しく、わたくしたちの前で考え込む姿を見せた。普段、彼女?は人前で露骨に考え込む姿を見せないのだが、今回はそのような振る舞いをする余裕はないということなのでしょうか。
カルデアの職員たちも驚きのあまり、考える人と化した彼女の姿を自分の仕事も忘れ、遠目から眺めていた。
「清姫がマスターのことを忘れてしまったこととの関連性は不明だが、先ほど行った精密検査の結果が出た。どうやら、清姫の狂化:EXがEへとランクダウンしているようだ」
「ランクダウンの影響で、現在彼女の戦闘能力は格段に低下している。以前のような活躍は難しい状態だ」
「そんな……。ダ・ヴィンチちゃん、清姫を元に戻す方法はないのか!?」
先ほどわたくしのことを尋ねに来た男性が神妙な面持ちでダ・ヴィンチちゃんに解決方法がないか問い詰めた。
「原因不明である以上、対処法も分からないねぇ」
両手でお手上げのポーズをとるダ・ヴィンチちゃん。
「ここからは、完全に私の推測になるのだが」
「清姫に外的な変化が見られないとなると、彼女の中の深層心理が自身のバーサーカーとしての素質を否定をしていると考えられる」
「素質の否定って……?」
「まあ簡単に言えば、今の私は本当の私じゃないと思っているってことかな」
本当の、わたくし……ですか。
ダ・ヴィンチちゃんの話によると、わたくしはこちらにいる藤丸立香というマスターの方のことを忘れてしまっているようなのです。いくら顔を眺めても初対面の男性としか思えない。
整った顔立ち、ウニのような黒髪も、海のように蒼い眼もわたくしは見覚えのなかったのです。わたくしは、思い出すためによりマスターの近くに歩み寄りました。眼、口、鼻、耳、手,足と。わたくしは自身の眼で焼き焦がすぐらいジッと彼のことを見つめ続けました。
「き、清姫……顔が近い、近いよ」
わたくしは、彼がわたしからの視線に困惑していることに気づきました。
「!! 申し訳ございません」
慌てて、わたくしは彼から一歩離れると。彼の顔は、林檎の皮ように赤く、輝いていました。
「しかしなぁ、”あの”清姫くんがねぇ――。マシュはどう思う?」
「一番起こりえないだろうという事象だと思います……。まさか、”あの”清姫さんが先輩のことを忘れるなんて」
ダ・ヴィンチちゃんとマシュさんが思い耽った表情で、わたくしのことを眺めているようでした。いったい、記憶を失う前のわたくしは、どのような人物だったのか。不安が高まる視線にわたくしは、自らわたくしは話題に踏み込むことに致しました。
「こほん。えっと、以前のわたくしはマスターに対してどのような振る舞いをしていたのでしょうか……。例えば、そうですね。どのようなお名前で呼んでいたのですか?気になりますわ」
わたくしの質問に顔を見合わせるダ・ヴィンチちゃんとマシュさん。言葉が喉に突っかかったような答えにくそうな表情を浮かばせました。
「えっ、俺への呼び名?普段はいつもマスターと、それと……」
二人の表情を尻目にマスターはすんなりと答えようとしたその時、どこぞの天才の眼が光り、訪問販売で高級布団を売りに来た営業マンのような含みのある笑顔で話し始めました。
「違うよ、マスター!!その呼び方じゃない。いつも清姫と二人っきりの時だけに言ってもらっている呼び名のことだ」
「え?そんな呼び名ないけど??」
「ええ?この前、こっそりと教えてくれたじゃないか。『俺は、清姫に”立香くん”っと呼ばれている』って!!」
「はいィ!そんな呼び方、俺一度もされたことないよ!?ねつ造だ!!」
二人っきりの時だけの呼び名……。なるほど、だからお二人は少し言いにくそうな表情をしていたのですね。
「さあさあ、清姫くん。普段使っている愛称でマスターのことを呼んで君の記憶を呼び起こすのだ!」
「しかし、マスターは何故か恥ずかしがっている様子ですが?」
「それは……。私やマシュが近くにいるから恥ずかしがっているだけだ。我々に気にせず呼んであげてくれたまえ」
「はい、分かりました」
と、はいうものの、二人っきりの時だけしか使わない呼び名を呼ぶとなると妙に緊張してきてしまいますね……。しかし、これもわたくしの記憶の修復のために必要なこと。恥ずかしがらずに言わないと。
「今回も人理修復の旅、お疲れさまでした」
「その……。り、立香……くん?」
いつもの口調が分からないし、最後の語尾が跳ね上がり、変に緊張して恥ずかしく炎が沸き上がるように顔が熱い。
「あの……。立香くん、いつものわたくしはこのような感じだったでしょうか?」
反応を伺うが、何故だかマスターとダ・ヴィンチちゃんは微動だにしていなかった。どこかわたくしに落ち度があったのでしょうか?
「どうだい?マスター。いや、”立香くん”?」
「うん。これはこれで良いと、思います。はい、凄くいいです。」
その言葉の後、謎の雄たけびと奇声をあげながらダヴィンチ工房から足早に出ていくマスター。
「あら。少し、茶化しすぎてしまったかな?」
言葉の内容とは対照的に満面の笑顔で語るダ・ヴィンチちゃん。
「まっ、あれはほっといてだな清姫。先ほど伝えた通り、君の記憶喪失については原因不明の状態だ。我々も調査は続けるが、君も心当たりなどがあれば記憶回復のために、以前に行っていた日常行動をして記憶の回復に努めてほしい」
「わ、分かりました。何か思いつく限り、わたくしも試みていくつもりです」
「それでは、わたくしも一度私室に戻ることにしますわ」
「ああ、何か分かったらその都度、私から医療班へ連絡させるようにするよ」
わたくしは私室に戻ることを伝えると、ダ・ヴィンチちゃん工房を後にしました。
「ダ・ヴィンチちゃん、いいんですか?清姫さんのマスターへの言動を隠すようなことをして?」
「しかしだね、マシュ。今の清姫に”普段”の清姫のことを伝えることがどうも、辛くてね。素直で礼儀正しくていい子過ぎるだろ、あの娘」
「言いたいことは、分かります。今の清姫さんは歳相応の可愛らしいお方で、伝えづらいことではあります。しかし、事実を伝えないと後々トラブルの種になりかねませんよ?」
「私も、天才らしからぬ弱い部分を見せてしまったと思っているよ。あと、マシュは気づいたかい?」
「何をですか?」
「あの清姫、『嘘』という言葉に反応しなかった」
FGO 清姫の二次創作小説 1話
夢を、見ていました。あれは、草木も眠る丑三つ時の夜のことでした。
わたくしは羽織物を身に纏い、自分の吐息で手のひらを暖めながら、月光で照らされた廊下を足早で歩き始めました。
私室から出ると、冷たい夜風がわたくしの髪と縁側から見える金木犀の枝葉をそよそよと揺らしていきました。
わたくしはどこに向かっているのでしょうか。それは、当事者であるわたくしにも分かりませんでした。無意識で動くわたくしの足は冷えた廊下をひたひたと歩くと、とある客間の前で止まったようでした。
その客間の前で急に理由もわからず呼吸が荒くなり、顔を赤らめ、手に汗をかくわたくし。いったい、ここに何があるのか見当もつきません。
自分の意思と関係なく、わたくしは震える手で目の前のふすまをゆっくりと開けていきました。しかし、興奮とは裏腹に目の前に映った光景は誰もいない、寝具が綺麗に片づけられていたただの客間でした。
何一つ変わらない平素な日常の風景。畳まれた布団が部屋の中央に置かれているだけでした。
でも、何故でしょうか。わたくしは、その部屋を見ると、ほろりと涙を流してしまいました。
突然の謎の涙。誰かの涙。共感できない自分の涙。誰かに捨てられたような言い難い感情が襲ってきました。
次第に、湧き出る涙で視界がぼやけていく。今まで感じていた金木犀の匂いが無くなり、四肢の肌寒さが消え、いつしか温もりがわたくしの周りを包み込んでいきました。
そして、わたくしの自意識も消え去り、客間で涙を流し続ける少女は暗闇に消えていきました。
「ここは……?」
気付くと、そこはカルデアが用意したサーヴァント用の療養室でした。白いベッドに白い部屋、あとは鉄で出来ている高度な医療用のカラクリがわたくしの側で治療をしていまいた。
「何故、わたくしはここで寝ているのでしょう……?」
ここに運ばれる前の一部の記憶がさっぱりと消えていた。だが、自分が何者であるかは覚えているようでした。
生前、竜種に転生した逸話を残したわたくしはここ、人理継続保障機関フィニス・カルデアの英霊召喚システムでサーヴァントとして召喚された。
その後、人理焼却を防ぐため特異点事象を探索し、モンスターとサーヴァントと戦い、多くの修復を成し遂げてきた。
そう、いつもわたくしが寄り添うあの方と。
あの方……?
「清姫さん、大丈夫ですか!?」
突如、扉が開くと声を荒げてマシュさんが医療室に乗り込んできた。彼女は、大粒の涙を流しながらわたくしのことを抱擁した。
「良かった……。本当に、良かった!」
「いったい、何があったんですか……?あと、筋力Cの抱擁は、わたくしには少し熱すぎますわ」
マシュさんの腕はわたくしの肋骨をミシミシと優しく締め上げていったので彼女の肩をタップし続けた。
「あっ、すみません!」
ハッとした様子の彼女は急いでわたくしへの抱擁を解いた。
「でも、本当に心配したんですからね。特異点へレイシフトしている時にいきなり倒られたんですよ。一時期は、どうなることかと思いましたよ」
「わたくしが、倒れた?」
「はい。魔力の残存量も規定値で保たれていたのに倒れ込んでしまったんですよ。あの時は、ダ・ヴィンチちゃんもサポート班の皆さんも大慌てでした」
「そうだったんですね。皆さんにはご迷惑をおかけしてしまいましたわ」
「そういうことはあまり気にしては駄目ですよ。私たちは一緒に特異点を修復してきた仲間じゃないですか。それと、マスターも今こちらに向かわれてますから元気な姿を見せてあげてください」
マスター?わたくしのマスター?
すると、ドタバタと足音が聞こえてきた。その足音と共にあの円形状の廊下を走ってきたであろう一人の男性が医療室に入ってきた。
「清姫の意識が戻ったって、本当!?」
慌てた様子で現れた彼は、わたくしの姿を見て安堵した様子を見せた。
「はい、先輩。霊基に損傷は見られず、魔力供給量も安定しています。あとは、ダ・ヴィンチちゃんの精密検査の結果次第では、近いうちに前線復帰することも可能だと思われます」
「なるほど。ひとまずは一安心ってことかな。やれやれ、一時はどうなることかと思ったよ」
胸を撫でおろし、額の汗を拭う彼。その姿を見てわたくしは、聞かずには要られなかった。
「あの、マシュさん?」
「はい、どうしました?」
「そちらの男性は、どちら様でしょうか?」